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「お砂糖とスパイスと爆発的な何か」の北村紗衣さん シェークスピアにはまった旭川東高時代

2019.11.28

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矢内 裕子
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著書「お砂糖とスパイスと爆発的な何か」が話題の文学者・北村紗衣さんは北海道の田舎町出身。中学時代は不登校でしたが、高校で「図書委員」に熱中したそうです。イギリスやアイルランドの文学にどうやって目覚めたのでしょうか。

話を伺った人

北村紗衣さん

文学者

(きたむら・さえ)1983年生まれ。北海道士別市出身。旭川東高校卒業後、東京大に進学。東京大大学院総合文化研究科修了後、2013年にキングズ・カレッジ・ロンドンで博士号取得。現在は、武蔵大人文学部英語英米文化学科准教授。専門はシェークスピア、フェミニスト批評、舞台芸術史。著書に「シェイクスピア劇を楽しんだ女性たち──近世の観劇と読書」「お砂糖とスパイスと爆発的な何か」など。

勉強したいならあきらめる必要はない

――片道1時間以上かかる高校に通ったそうですね。

 私が住んでいたのは北海道の北にある士別市です。「村上春樹の『羊をめぐる冒険』の舞台」という説もある、綿羊を飼っている牧場が多い、小さな町なんですが、地元の高校ではなく、本数が少ないディーゼル列車で1時間ぐらいかかる場所にある旭川東高校にわざわざ通っていました。地元にも高校はあったのですが、それでも私が旭川東高校に入りたかったのには、二つの理由がありました。

 私は中学時代、教員からいじめを受けていて、不登校になっていたんですね。学校にはあまり通えなかったので、環境を変える必要がありました。また塾がほとんどない北海道では、国立大学や難関私立大学のための勉強ができる高校は限られていたんです。地元の高校では無理でした。

 そこで私は旭川東高校を希望していたんですが、まず学区内在住の生徒が優先なので、学区外の希望者は、5%とか10%とか条件に応じて決められた枠を狙って受験することになります。私は勉強そのものは好きで成績は良かったのですが、中学校には通っていなかったので、内申書がすごく悪かった。それでも合格できたのは、学区外の枠については、内申書より成績重視での選考だったこともあるのかもしれません。

 ――中学で不登校になったとき、ご両親はどう見守ってくれましたか。

 うちの親は「すぐに学校に行け」とは言いませんでした。カウンセリングに行ったり、相談できそうなところをいっぱい探したりしてくれました。私が大学に入ったあとですが、母親は子どもたちの不登校支援にずっとかかわっていたんですよ。

 私の場合、教員にいじめられていたので、別の町の高校に入ったら問題は解決しました。学校が変わって、いじめる教員がいなくなればよかったので、高校からは普通に通学できました。今はいろんな支援があります。「学校へ行きたくない」と思っている人には、「環境が変わることで、高校や大学に行ける人もいるので、勉強したいならあきらめる必要はない」ということを伝えたいです。勉強がしたくないのならば、また全然違う選択肢もあると思いますし。

北村紗衣さん2
撮影/小山幸佑(朝日新聞出版写真部)

高校3年間ずっと図書委員

――どんな高校生活でしたか。

 進学した旭川東高校は自由な校風の学校でした。制服もなくて、学園祭や合唱コンクール、文化活動、体育活動に力を入れていましたね。一方で、塾があまりない田舎にあるので、学校で受けられる模擬試験がたくさんありました。こう言うと嫌がられるんですが、勉強が楽しかったですね。中学時代、勉強は好きだったのに学校に通えなかった反動もあるかもしれません。数学の確率あたりは嫌いでしたが、国語や英語はとても楽しく勉強していて、たくさん勉強をすることが苦にならなかったんです。個性的な先生が多い学校で、化学の先生は自分が大好きなレッド・ツェッペリンのことを教えてくれたりもしました。

 ――勉強以外に楽しかったことは?

 友だちがいないわけではないのですが、私は人づきあいが悪いほうでしたから、部活動はやっていませんでした。その代わり、高校3年間ずっと図書委員で図書室の活動は熱心にしていました。本を並べる際には、特集を考えて「図書委員のお薦めコーナー」を作って、そこにPOPを置いたりします。月に1回くらいのペースで出す図書館報の編集もしていました。本の紹介のほかに、年度末になると図書委員が授業で興味を持ったことについて調べてエッセーを書いたり、詩やイラストを出したりして、「本に特化した文芸サークル」みたいな雰囲気でした。

 図書委員になると北海道学校図書館協会が開く大会に出ることができました。図書館報やPOP作りのワークショップに出て、出来栄えを競います。締め切り直前になると図書室にこもって、構成を考えたり、書いたりしていました。朝6時半の列車で学校に通っていたので、誰よりも早く学校に着いてやっていましたね。

 もともと図書委員は部活ではなかったのですが、私の学年で東京大に進学した図書委員が2人いたんですよ。それで先生が「図書委員は部活扱いにしよう」と、進学先一覧で部活と同等に扱ってくれて、「とうとう、うちらの図書委員が部活として認められた」と、喜んだ記憶があります。

――合唱コンクールもすごかったそうですね。

 合唱コンクールがあったんですが、なぜかすごく豪華な貸衣装を着る変な習慣があったんですよ。みんな「ウェディングドレスですか?」というようなドレスを借りてきたりするんですけれど、私はドレスが苦手だったので、スーツを借りて、着た覚えがあります。わりと自由な学校だったので、女の子でも「スカートが嫌だ」「ドレスが嫌だ」という人は、パンツスーツや違うものを着ていました。

北村紗衣さん高校時代
高校時代の北村さん(本人提供)

――高校時代にはイギリス文学への関心はうまれていたのですか。

 中学生のとき、自分のおこづかいで初めて見に行った映画が、レオナルド・ディカプリオが出ている「ロミオ&ジュリエット」でした。よくわからないところもあったのですが、面白くて、そこからシェークスピアの戯曲を読むようになりました。セリフとト書きだけですから、読み慣れるまでは少し戸惑ったんですが、慣れると、小説より早く読めるような気がしてきて。たとえばディケンズの小説は「全4巻」くらいの作品がよくあるんですが、たいていの戯曲は3時間以内に終わるように書いてあるから、小説に比べると短い。同じ時期に、音楽ではエンヤやU2がヒットしていて、アイルランドの音楽が好きになったんですね。そんな流れでイギリス、アイルランドに興味を持つようになりました。

 高校時代はとにかくアイルランド文化に興味がありました。図書委員の友だちに頼まれて、「アイルランド音楽のミックステープ」を作ってあげたこともありました。大学に入るまでは「アイルランドのゲール語という昔の言語について勉強したいな」と思っていたのですが、東京大に入ってから、第3外国語にアイルランド語がないことに気づいたんです。私が卒業した後に、ゼミでアイルランド語が選択できるようになったんですが、そのころはまだなかった。それで仕方ないから、「英語をやらなければ」と思って、好きだったシェークスピアの講義に登録したんです。

 ――アイルランドのどんなところにひかれた?

 アイルランドは島国で妖精の国ですから、ちょっとロマンチックな感じがしました。それから歴史的に北海道と似たところがあって、もともと先住民族が住んでいた土地に、別の大きな島から人がやって来て、のっとってしまった。高校生のころから好きだったオスカー・ワイルドは、イングランドからアイルランドへ移り住んだ人たちの子孫なんですが、私も本州から北海道に移民した人たちの子孫です。

 イングランドからアイルランドに移民した人たちの子孫は、どういうわけか地元のおとぎ話などに強い親和性を示す傾向があって、ワイルドやイェイツのような有名な文人が生まれています。私自身も、移民先で地元の文化をつくろうとしているアイルランド文学にひかれたのかもしれないと、今になると思いますね。

「作品」は作者の手を離れてしまうもの

――どんなふうに育ちましたか。

 うちの両親は「勉強しなさい」とかは、言いませんでした。私の子どものころは、今ほど宿題がなかったので、親の手を煩わせなくてもできるものがほとんどだったような記憶があります。親に勉強について聞くこともなかったですね。

 進路についても、親は何も言いませんでした。旭川の場合、地元の大学に行ったら医者か教員になる以外の選択肢があまりありません。それ以外の道を志望するなら、札幌まで出るしかない。旭川東高に入った時点で、医者にも教員にもならないなら、地元を出ていかなければいけないという考えがありました。父は東京の大学に進学していたので、道外に出ることに対しては何も言いませんでした。ただ北海道ですから、道外に行くにしても、「私立だと学費が高いので、国公立だけ」と言われる子はいると思います。その点についても、うちの両親はあまり言わなかったですね。「浪人しちゃダメ」とも言われませんでした。

自分の経験から、親が子どもに対して、進路や希望をしつこく言わないほうがいいと思っています。ときどき、子どもを自分の作品のように見てしまう方もいらっしゃいますが、仮に「作品」であったとしても、一度世に出たら作品は作者の手を離れてしまうもので、ひとり占めはできません。細かくコントロールしすぎるといろいろと問題が起こると思います。

北村紗衣さん3

北海道旭川東高校

北海道旭川市にある公立の進学校。1903年に北海道庁立上川中学校として創立し、50年に現在の校名に。学校標語は「シマレ ガンバレ」(どんなことに対しても妥協することなく、ベストを尽くそうとする精神)。

【所在地】北海道旭川市6条通11丁目

【URL】http://www.ah.hokkaido-c.ed.jp/

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