経営者の子育て

小学生の息子とシンガポールへ母子移住 インド系校で得られた学びとは

2019.11.22

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阿部 花恵
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息子をシンガポールの小学校に入れるために、自身もベンチャー企業のシンガポール支社に転職。夫を日本に残し、母子2人だけの移住を実現した穐吉なな子さん。インド系インターナショナルスクールだからこそ得られた学びとは? 現在は帰国して日本で起業した穐吉さんに、シンガポールでの留学・移住体験談を聞きました。

話を伺った人

穐吉 なな子さん

株式会社ジェイード代表

(あきよし・ななこ)広報・ブランドコンサルティング会社ジェイード代表。大学院修了後、リクルートで約8年、経営企画・広報を経験した後、退職。2015年、自身のキャリアアップと当時5歳だった息子の教育のため、母子2人でシンガポールへ移住。帰国後の18年に株式会社ジェイードを設立。第2子(0歳)の育児をしながら会社を経営する。

シンガポールを留学先に選んだ理由は?

――夫を日本に残して、5歳の息子さんと2人だけでシンガポールに母子移住。大胆な行動に踏み切ったきっかけを教えてください。

「子どもができたらどこかのタイミングで海外に留学させたいな」というのは、妊娠中から漠然と考えていました。私も夫も日本で生まれ育っているので、日本にいるのはすごく楽だし居心地がいいと感じています。

一方で、私は日本の大学を卒業した後にイギリスの大学院に進学したのですが、そこで過ごした数年間の経験が、多くの学びをもたらしてくれました。さまざまな価値観に触れられる新鮮で刺激的な環境、第二言語で自分の思いをうまく伝えられない歯がゆさ……。マイノリティーの立場に置かれたからこそ、学べることができた。親子留学の背景には、息子にもそんな経験をしてほしいという思いがありました。

また、ちょうどそのころ、自分自身の仕事面でも「そろそろ転機がほしい」と感じていたタイミングだったんです。それなら息子の教育と私のキャリアアップ、この二つをセットで実現できる国はないかと調べていく中で、真っ先に候補に挙がったのがシンガポールでした。

小学生の息子とシンガポールへ母子移住 インド系校で得られた学びとは

――シンガポールのどんなところが魅力だったのでしょう。

息子が2歳のときに家族旅行で初めて訪れたのですが、「私、いつかここに住む!」と夫に宣言したほど気に入ってしまって(笑)。常夏の心地よい気候や治安のよさ、何よりも多様な民族が共生する社会が魅力でした。中国系、マレー系、インド系とさまざまなルーツを持った人々が、多様な価値観で暮らしている多民族国家ですから。

それで自分なりにシンガポールの教育についていろいろ調べてみたのですが、教育制度はしっかりしているものの、外国人が小学校の途中から編入学するのは難しいことがわかりました。とはいえ、息子にはできれば頭が柔らかい低年齢のうちに海外生活を経験させたかったので、それなら小学校入学のタイミングがいいだろう、と判断しました。

そこからは準備期間として、息子を英語に慣れさせるためにインターナショナルプリスクールに通わせつつ、私は転職エージェントに相談してシンガポールの勤め先を探す日々に。時間はかかりましたが、幸運にもチャンスをくれるベンチャー企業に出会えたので、2015年から母子でシンガポールに移住しました。

――家族3人で移住するという選択肢はなかったんですか?

可能であれば家族で移住したかったのですが、当時、夫は起業したばかりで日本から離れることが難しかったのです。結果、自然な流れで母子移住になりました。

うちの夫婦は昔から、私が「ああしたい」「これやりたい!」と自由奔放に発言して、「なな子がそうしたいならやってみなよ」と夫が受け止める、という関係性なので。

日本で受験するという選択肢も考えましたが、オープンで好きなことにはとことんのめり込んで周りが見えなくなってしまう息子の性格を考えると、あまり合っていない気がして。それよりは海外での経験を通じて、どんな環境でも生き抜けるようなタフな人間になってほしいというのが、夫婦共通の考え方でした。

――当時5歳だった息子さんには、どんな言葉で移住することを伝えたのでしょうか。

「あなたの教育のためにシンガポールに行く」という言い方はしませんでした。息子にとって心理的な重荷になってしまうかもしれない、という心配があったので。

だから、「ママ、シンガポールっていう国でお仕事できるチャンスがあるんだけど、一緒に行く?」といった軽い感じで伝えたら、息子も「うん、行く行く~!」って。たぶん、そんなにまだ理解できていなかったんでしょうね(笑)。その時点では息子の小学校はまだ決まっていませんでした。「とにかく飛び込んでみよう!」という感じのスタートでしたね。

小学生の息子とシンガポールへ母子移住 インド系校で得られた学びとは

公立校は落選、想定外のインド系インターナショナルスクールへ

――現地の小学校はどんな基準で選びましたか。

まずはシンガポールのインターナショナル系幼稚園に息子を入れて、その1年後に公立小学校に入学させるのが当初の計画でした。ところが、同時期に私たちのようにシンガポールに子どもを留学させる外国人が激増したので、あっという間に公立小学校の枠が埋まってしまったんです。

そこから10校以上を調べて下見していく中で、面白そうだと感じたのがインド系インターナショナルスクールでした。座学でみっちりと基礎を学ぶ授業もあれば、自分で好きなテーマをパワーポイントにまとめてプレゼンテーションする授業もある。知識を詰め込む授業と自由な授業のバランスがちょうどいい具合だと感じました。

いい意味での“インドっぽさ”も決め手の一つです。他の学校の保護者説明会では受付窓口に皆きちんと列に並んでいたのに、その学校ではインド系のお母さんたちがわっと集まって他人を押しのけていくようなタフさがありました。試験も2教科だけで、その場で丸付けをして、「合格。じゃあこの日までに制服を買ってきて」という感じでしたね。私としては、そういう自由な雰囲気のほうが好きなんです。

――入学後はインド人の子どもたちの中に一人だけ日本人というマイノリティーな環境だったそうですが、息子さんの反応は?

最初のころはやっぱり嫌なこともあったみたいですね。初日に「ここはインド人の学校だ。日本人は日本の学校に行けばいい」とクラスメートから言われて「嫌だった」と言っていました。

でも、もとからオープンな性格で適応能力が高い子なので、すぐになじみましたね。初日に意地悪を言ってきた子と、気づけば一番の仲良しになっていましたから。

――語学や教育面での息子さんの成長は? 

日本にいる間はほとんど英語を話せませんでしたが、現地の幼稚園に通い始めて徐々に英語でコミュニケーションできるようになりました。とはいえ、もちろんスムーズに習得できたわけではなく、家庭内で私と話すときも英語で話すことを徹底するなど、それなりの苦労もありましたね。最初の6カ月ほどはお互い本当に大変でしたが、そこを乗り越えてからは面白いくらいに上達していきました。

学業面でも、日本の小学校とはずいぶん違っていました。たとえば、息子が通っていたインド系インターナショナルスクールは、留年や飛び級の制度がありました。そのため成績評価は厳しかったのですが、基本的な方針としてはすごく自由だし、最先端のツールもどんどん使わせてくれる。日本のように手取り足取り教えるのではなく、「パワーポイントというソフトがあるよ」と紹介だけして、あとは自由に使わせるんです。フォーマットがないことが当たり前。 

たとえば、「エネルギーについて調べなさい」という課題が出たときは、物理が好きな息子は位置エネルギーと運動エネルギーの違いについて調べてパワポで説明したのですが、自家発電機を作ってくる子もいれば、発電方法別のメリットデメリットをまとめてくる子もいたりして、みんなバラバラなんですよ。でも全部が正解になる。

その上で、プレゼンテーションのやり方はアメリカ流のエッセンスを取り入れて、聴衆を引きつけるためのノウハウなどをしっかり授業で教えていましたね。 

――穐吉さん自身も新しい職場で多忙だったのでは?  

はい。何でもかんでもやってあげられるほどの余裕はまったくない母親でしたね。でも結果として、シンガポールでの生活を通じて、息子の「自分でなんとかする力」は飛躍的に高まったと思っています。

小さなことですが、外食するときは店員さんに自分で注文するようになれた、とか。夏休み前最終日に学校にお弁当箱を忘れたときも、普段はスクールバスなので自分で学校までの行き方を調べて、往復2時間以上かけてお弁当箱を取りに行っていましたね(笑)。途中、バスの路線がわからなくなり、交番のお巡りさんや道ゆく親切な方に次々道を聞きながら帰宅したのだとか。

ただ、表には出さなかったものの、罪悪感のようなものがずっと私の中にありました。忙しくて今日はちょっと早く帰れない、という日は10分おきに「ママ、いつ帰ってくるの?」とメッセンジャーが届いたりして。メイドさんが食事などのお世話はしてくれるのですが、やっぱり親のように甘える対象にはなりえないので。

そんなときでも「仕事が忙しくてごめんね」という言い方はしないように意識していました。子どもって親に謝られると、「自分はかわいそうなことをされているんだ」と受け取ってしまいますよね。それはあまりよくないなと思ったので、「ママも頑張ってるよ」「頑張ってくれてありがとう」という返事を心がけていました。

あとは、急に目を合わせなくなったり、口調が乱暴になったりするときって、何かで悩んでいるサインなので、ちょっとした変化を見逃さないように、なるべくアンテナは立てていたつもりです。そういうときは、お風呂のときや就寝前にさりげなく聞いてみたりすると、本音を打ち明けてくれることも多かったですね。

小学生の息子とシンガポールへ母子移住 インド系校で得られた学びとは

シンガポールで培った柔軟な英語力とタフなメンタル

――実り多かったシンガポールでの生活に区切りをつけて、日本に帰国した理由はどこにあったのでしょうか。                                  

私の転職や今後のキャリア展開、それから闘病の末に実家の母が亡くなったことなど、さまざまな事情が重なって「いったん区切りをつけよう」と帰国を決めました。小3になった息子も、そろそろパパとまた一緒に暮らしたがっていましたから。 

帰国後も息子は、シンガポールで通っていたインド系インターナショナルスクールの東京校に通学しています。たまたま都内にも系列校があったのは幸運でした。彼自身の英語はかなり上達して、インドの友だちと話すときは巻き舌のインド英語、シンガポールの友人とはシングリッシュ、私と話すときはアメリカンイングリッシュと、相手に応じて使い分けるほどです。 

ただ、現地では話せていた中国語は、帰国した途端にすっからかんに忘れてしまったみたいで。今は「ニーハオ」と自分の名前しか言えません。子どもはスポンジのように吸収し、スポンジのように抜けていくんですね(笑)。 

好きな科目は物理と算数で、そこはどんどん伸ばしていけたらと思っています。最近では銀行にある自分名義の貯金をもっと増やしたいらしく、株式投資を始めました。うちはお小遣い制ではないので、彼の資金源はお手伝いの対価のみ。ほしいものは自分の力で手に入れていくこと、待っていてもチャンスは転がり込んでこないという教訓を刷り込み中です。

――このまま日本のインド系インターナショナルスクールを卒業するのでしょうか。 

私が今年、娘を出産したばかりなので、直近は日本にいる予定です。でもまた数年経ったら外国に子どもたちと留学&移住をしてみたいな、と考えています。 

娘の教育をどうしようか、というのはまだそこまで考えが追いついていないのですが、息子に関しては、次はシンガポールとは違う別の国に留学するのも面白いかもしれないとも思っていて。私が海外の大学に入り直して学生ビザを取得できれば娘も同行できるし、そのまま現地で起業する手もあるかな……みたいに、今から計画を練っています。 

私自身も1カ所にとどまっていると、安心してサボっちゃうタイプなんですよ。だから今後の人生でも、いつでもフレキシブルに行動できるようにしていたいですね。

近々、そういった次の候補先としての下見も兼ねて上海に行ってきます。子どもたちにはどんな国、どんな環境でも、自分の力でたくましく生きていけるような人間になってほしいので、そうなるまでの道筋を与えてあげられたら、というのが親としての願いです。

(撮影・編集:阿部綾奈/ノオト)

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