家族のとなりに新聞を

明治22年の朝日新聞広げたら… 小学生が読み取った文明開化の広がり

2019.11.20

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関口 修司
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  • 明治の「文明開化」はどうやって地方に伝わったのか。資料を読み取り学ぶ
  • 教材は明治発行の新聞や文書、「汽車」「乗合馬車」……どんどん読める子供たち
  • 新聞を読み慣れた子供たち、資料を読み解く歴史の楽しさを味わえる

新聞を読み慣れた子供たち、資料を読み解く力も

教材は明治22年発行の朝日新聞、「汽車」「乗合馬車」「福沢諭吉」……

新聞を日常的に読んでいる子供たちは、様々な資料を読み取る力もつけていきます

ご紹介するのは、小学校6年生社会科「文明開化」の授業です。どのようにして明治期の日本に文明開化が広がったかを学びます。

明治10(1877)年ごろの地方の様子の写真を観察します。子供たちは都市とのギャップに戸惑います。「まだ江戸時代みたい」との感想に、先生は、日本中の町や村に生活の変化が見られるようになるには数十年かかったことと、それでも当時の地方の人々も「文明開化」のことを知っていた事実を伝えます。「どうしてだと思う?」と聞くと、子供は「話や本で知ったのかな。そのころは、テレビやラジオ、インターネットもないし……」とつぶやきました。すると「あっ、新聞だ!」との発言。すかさず先生はその確かめ方を問います。「そのころの新聞を読んだら分かるかも」と言う子に、「そんな昔の新聞、あるわけないよ」と突っ込みを入れる子も。ところが、先生は涼しい顔で「明治時代の新聞のコピーを配ります」と言ったのです。

配布したのは明治22(1889)年4月20日発行の朝日新聞日ごろから一般紙に慣れている子供たちは、当時の新聞でもそれなりに読んでいきます。「『外国人』と書いてあるよ」と口火を切ると、「汽車」「電話会社」「乗合馬車」と発言が続きます。「『福沢諭吉』もある」「文明開化は新聞を通して伝わったんだ」と大喜びです。

難しい文書にもチャレンジ、歴史の楽しさ味わう

「どうして多くの人が新聞を読むようになったと思う?」と先生が質問すると、今度は「資料はないのかな」と催促。先生は1枚の白黒写真とその解説資料を配りました。机を囲んで何かを読んでいる6人の着物姿の男性の写真と解説です。場所は明治初期の「新聞縦覧(じゅうらん)所」であること、このころは国が新聞を買い、地方の役所に配り、無料で読める場所をつくったことが書いてあります。子供たちは、国が新聞を読ませようとしたことに気付きます。すると、歴史大好きの少年が「日本は寺子屋があったから、世界の中で文字が読める人の割合が高かったのさ」と語ります。「それで新聞が読めるようになったんだ」と子供たちは納得します。

関口コラム2

しかし、先生は、そのころは文字を読めなかった人が大勢いた事実も伝え、現代文に書き直した山梨県庁の文書(1872年)を配りました。子供たちは少々難しい文章を読むのに抵抗がありません。資料を読むのは楽しそう。文書は「文明開化が進んでも……世間のことを知らないのは、ふがいない。……新聞は国内をはじめ外国各地の様子も細かく書いてある。……能力のある者を読み手として新聞解話会を開き……読んで聞かせなさい」との内容です。

子供たちは資料を読んで「思った通り」「明治も今も読み聞かせだ」「次の時間は、私たちで新聞解話会をやりたい」と盛り上がります。暗記するだけの歴史ではない、資料を読み解く歴史の楽しさを味わう子供たちに脱帽です。

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