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金井宣茂さん 東邦大学付属東邦高 宇宙でも生きた弓道部での経験

2019.09.12

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橋爪 玲子
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宇宙飛行士の金井宣茂さんは、東邦大学付属東邦高校時代に弓道部でした。そこで学んだことは、大人になって宇宙で活動する際にも生かされたと言います。どうやって夢を叶えてきたのでしょうか。

話を伺った人

金井宣茂さん

宇宙飛行士

(かない・のりしげ)1976年生まれ。東邦大学付属東邦高等学校卒業後、防衛医科大学校へ進学。外科医師、潜水医官を経て、2009年にJAXA(宇宙航空研究開発機構)に入る。宇宙飛行士として、17年12月から18年6月までISS(国際宇宙ステーション)に168日間滞在。

どんな状況でも平常心を保つ武道精神

――どんな高校生活を送りましたか?

 子どものころから漠然と医師になりたいなと思っていました。けれど具体的に決めていたわけではなかったので、高校時代は自分が何者でもないという感じでふわふわとしていました。ただ早く大人になりたいとは思いました。

 そんな私が一生懸命だったのが部活です。弓道部だったのですが、精神性も含めてああいう侍の世界をずっとかっこいいと思っていました。たとえば武道精神には生死がかかっている状況でも平常心を保って、日々の稽古でやっていることと同じことをやるという理想の世界があります。剣道や柔道などの武道と弓道の違いは、対戦相手が人ではなく静止している的を射ることです。きちんと的を射るのも、外れるのもすべてが自分の責任です。そのために心身の鍛錬を積んでいく。そこが弓道の難しさでもあり、おもしろいところでもありました。

 また、部活で仲間たちと朝から晩まで一緒にいると、考え方の違いがよくわかってくるんですよね。私は全部整頓されていないと気が済まないタイプで、散らかっているのを嫌がると、「いいじゃん」っておおらかな子もいる。ひとりひとり個性があってやり方が違っても、みんな弓道が好きという思いは同じで、それがチームワークとなることも学びました。これは、宇宙飛行士になって、外国の宇宙飛行士たちと一緒に同じチームで働いたときにも生かされました。

弓道を通して大人の世界を少しのぞけたのも楽しかったです。大学生の方や社会人の方と一緒に稽古をすると、休憩中に私がまだ知らない大学生活の話にワクワクしたりしました。

 私はマニアックな体質なので、弓道の本も読み漁りました。その中で顧問の先生が貸してくれた「弓と禅」は、とても好きな一冊でした。哲学を教えるためにドイツ人の哲学者が日本にやってきて、弓道に出合い、先生に弓を習う体験記です。日本的で、何も教えない師匠をみて、そのふるまいから人生を知っていく様子に、高校生ながらに人生のなんたるかを知ったような、大人になったような気持ちになりました。

金井宣茂さん2

――そもそも医師になろうと思った理由は?

 子どものころ、医師になりたいと思ったのは本が好きだったからです。幼いころから両親がよく本を買ってくれて、寝る前に読み聞かせてくれました。小学校にあがるくらいになると、読み聞かせをしてもらえなくなったので、もうこれは自分で読むしかないと図書館や児童館で本を借りて、自分で世界を広げる楽しさも知りました。

 特に船医としての体験記をもとにした北杜夫の「どくとるマンボウ航海記」やジュール・ヴェルヌの「海底二万里」「八十日間世界一周」などの冒険ものから影響を受けて、船医になって世界をまわりながら患者さんを診たいと思ったんです。両親が病院に勤める薬剤師だったので、理科や生物、化学というものが身近だったのもあるかもしれません。

 一方で、私は国語や社会がすごく得意でしたが、それを生かす仕事にどんなものがあるのかをイメージできる人が身近にいませんでした。親の仕事もそうですし、中学・高校と理系志向が集まる環境だったので、先輩や先生、関連大学の先生も理系の研究者や医師などの話題ばかりで、私も自然と理系の道を目指していったような気がします。

宇宙飛行士の訓練は受験勉強と似ていた

――受験ではどんな勉強をしましたか?

 本格的に医師になろうと決めたのは大学を浪人したときです。私は、目的や自分のやりたいことがわかれば、それに向けてどうすればいいのかを突き詰めて考えます。医師になると決めたら、やるべきことが見えてきました。医学部は総合的に勉強ができないといけません。英語が苦手だった私は、まずは中学生の教科書からやり直しました。当時は恥ずかしいなと思いましたが、今にして思えば全然恥ずかしいことではなく、自分のレベルを客観的に評価して、いいアプローチをしたなと思います。

 また私が受験先を防衛医大に決めたのは、ちょうどそのころ、自衛隊が海外で国際貢献をする任務を始めたので、自衛隊の医師となり、世界のさまざまな場所で医療活動ができるのがおもしろいと思ったからです。子どものころに、本などから影響を受けてあこがれた医師の仕事に近いですよね。

――宇宙飛行士になったときにも、高校時代の経験が生きたとか?

実際に医師の世界に飛び込み、潜水医学を専門分野として、潜水艦など特殊な環境で活動する人たちの健康管理面などをサポートするようになりました。のめり込んでいくと、海の中の活動は、宇宙飛行士が宇宙で活動することと似ているなと気づいたのです。サポートする側だった私が、今度は宇宙飛行士になって自分で宇宙に行ってみたいと思い、挑戦しました。

 宇宙飛行士になることが決まったものの、訓練はとても大変でした。宇宙に行くという目標に向け、必要なことをひとつずつ地道にクリアしていくのは受験勉強と似ていました。宇宙でのミッションは、危険なことがあっても焦らず、落ち着いてセルフコントロールして対処しなければいけません。まさに部活で学んだ武道精神で挑みました。

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宇宙で活動する金井さん=左上(写真:JAXA/NASA)

 その時々で興味があることを突き詰める

――ご両親はどんな方でしたか?

 やはり教育熱心だったと思います。塾に入れてくれたり、本を買い与えてくれたりというサポート面では熱心でしたが、私が興味を持ったことに対して、一生懸命やりなさいとも、それは将来役に立たないからやめなさいとも、言うことはありませんでした。その点に関してはニュートラルだったので、好きなことを好きにやらせてもらえたのはとてもよかったなと思います。

――高校時代の何が今につながっていますか?

 私は高校時代、ずっと本物の世界にあこがれていました。まだ触れることができない本物に出合うためにいまかいまかとエネルギーをためていた期間でした。それでもその中で、自分がおもしろいなと思うことを突き詰めて勉強したことが、今につながっています。

 医師になり、臨床をしていくなかで、科学的に正しいからといって、それが患者さんにとって最善とはかぎらないことを知りました。医師は患者さんの病気だけを診るのではなく、患者さんが納得するような診断をしないといけません。そんなときには、高校時代に学んだ国語や社会など文系的な要素もとても重要だと感じました。

 そして、今感じているのは、そのときそのときで一番興味があること、得意なことに夢中で取り組むと、それがどこかでつながって、予想もしなかったすてきな未来に出合うことができるということ。それが今の私をつくっています。

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写真/小山幸佑(朝日新聞出版写真部)

東邦大学付属東邦高等学校

千葉県習志野市にある共学の私立中高一貫校。1952年に開校。建学の精神は「自然・生命・人間」の尊重。理科系大学への進学率が高い。とくに医、歯、薬学系に強い。
【所在地】千葉県習志野市泉町2-1-37
【URL】https://www.tohojh.toho-u.ac.jp/

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