東大卒シングルファーザーの中学受験備忘録

最終話 1000点満点のものさし

2019.09.30

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堀 杜夫
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  • 都立一貫校は合格発表後、受検生や保護者からの求めに応じて適性検査の得点を開示する。「データ収集のため」として塾から依頼されることも
  • 文系・理系の両方の能力がともに優れていなければ都立一貫校の合格は難しいが、そこに「死角」はないのか
  • 現代社会では多様化の担保が課題。中学入試でも多様化が進む。特定能力で突出した子を受け入れる余地があってもいいのでは?

検査得点表から見えたこと

ここにA4判1枚のペーパーがあります。題して「検査得点表」。受検番号と娘の名前、そして適性検査Ⅰ~Ⅲの点数が印刷された、そっけない文書です。末尾には、日付と都立一貫X校の校長の名前があります。

合格発表から約1カ月後、娘の第1志望校だった都立X校の得点開示が始まりました。受検生本人や保護者が請求すれば、適性検査の点数を教えてくれるのです。私立中の多くは受験当日の夜に合格者を発表するのに対し、都内の公立中高一貫校の適性検査は合格発表まで中5日もかけて採点しています。適性検査の記述問題は採点の公正性・公平性がより強く求められるだけに、あえて点数開示に応じているのでしょうか。

塾の先生からは、翌年の下級生の対策のためデータ収集に協力してほしいと言われていました。娘も私も、不合格だったとはいえ、点数は知りたいと思っていました。3月上旬の平日の午前、しんと静まり返ったX校の事務室に一人で赴き、指定の書類を記入して提出すると、検査得点表はすぐに交付されました。

得意の適性検査Ⅰ(読解・作文)は7割がた取れていましたが、適性検査Ⅱ(算数・理科・社会)と適性検査Ⅲ(論理的・数理的思考力)はそれぞれ約4割の得点率でした。平均すればちょうど5割という結果です。前年のように適性検査Ⅲが難しくて平均点が低ければ、ボーダーラインすれすれだったかもしれません。

しかし、後日聞いたところでは、合格した同級生の男子は適性検査Ⅲの得点率が9割で、同じクラスには満点の子もいたといいますから、繰り上げ合格の候補になるにもほど遠い結果だったとわかりました。前年の反動なのか、適性検査Ⅲが想定外に易化したことが、娘には不利にはたらいてしまったようです。

ダイバーシティー

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都立X校の入学者選考は、適性検査Ⅰ~Ⅲの点数をそれぞれ2~3倍して足し合わせ、それに小学5~6年の成績を加味して1000点満点に換算した後、上位の男女各60人に合格を出します。平均点や合格最低点、得点分布などは公表されないので詳細はわかりませんが、ボーダーライン付近はそれこそ1点差の勝負なのでしょう。1000点満点に換算するというやり方から見ても、高倍率ゆえの「落とすための試験(検査)」であることは間違いありません。娘のように適性検査Ⅰは得意だが適性検査Ⅲは苦手という子や、逆にパズルを解くのは大好きだが文章を書くのは嫌いという子は、苦戦必至でしょう。文系と理系の両方に優れていないと、合格するのは難しいといえます。

私は以前、仕事で知り合った日本人宇宙飛行士の話を思い出しました。アメリカの航空宇宙局(NASA)の宇宙飛行士の選考では、試験の結果の上位から何人という選び方をしないのだそうです。一見したところ不公平ですが、上から順番に選んでしまうと同じような性格や能力の人ばかりが選ばれてしまう弊害があるからだという話でした。つまり優秀だが多様性(ダイバーシティーdiversity 多様性。相違点。 企業では人種・国籍・性・年齢を問わずに人材を活用する意味で使われる。)に欠けるエリート集団になってしまうというわけです。

企業を含む社会ではいま、この多様性をいかに保つかが大きな課題になっています。私立中学受験の世界でも、娘が入学するA校のように、従来型の国語・算数・理科・社会の4科型入試に加え、適性検査型入試、プレゼンテーション入試、英語入試など、さまざまな入り口を設けて、多様な生徒を確保しようという動きが、中堅校を中心に広がっています

入学後、娘が初めて受けた中間試験の結果一覧が配られましたが、各科目の点数や偏差値、順位は印字されていたものの、総合順位は載っていませんでした。校長先生の名前で配られたプリントには、入試の多様化により中間試験の問題もクラス・コースによって異なるので、今年から総合順位の通知は廃止するとありました。代わりに「自己ベストの更新」をつねに目指すようにと、おなじみのフレーズが繰り返されていました。

多様化で生まれる新たな文化と価値観

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入試多様化の動きは「御三家」などトップ校にはあまり見られないことから、大学のアドミッション・オフィス(AO)入試同様、人口減少で苦境に陥った中堅・下位校のあがきという皮肉な見方も可能でしょう。しかし、大学受験の世界でも、晴れて東大に合格しても海外に留学したり私立大の医学部に進んだりする生徒が出てきています。東大を頂点とする受験界の序列が崩れることはないにせよ、相対化されつつあることは間違いありません。となると、問われるのは、生徒が自己の価値観をしっかり持っているかどうかです。

偏差値や成績順位といった尺度とは違う、自分なりの目標や将来像をしっかり持ち、それに向けて努力すること。そして、自分とは異なる他人の価値観を認めあうこと。そうなることで、社会のダイバーシティーは深まり、異質な者どうしが共鳴しあって新しい文化や価値観が創造されるのではないでしょうか。

その点で都内の公立中高一貫校の選考は、受検者倍率6~8倍という狭き門であるがゆえに、12歳の多様な資質や才能を見抜くというよりは、高偏差値エリート予備軍の青田買い稲の収穫前にその田の収穫量を見越して先買いすること。転じて、就職活動では、企業が卒業前の学生を早い時期に採用する意味で用いられる。中学受験(受検)では大学進学実績に貢献する、優秀な生徒を確保する意味で使われる。という弊害が出てしまっているように思えます(そもそも、東京都教育委員会のねらいがそこにあるとすれば、「弊害」とはいえないのですが)。より多様でユニークな才能を招き入れるには、文章を書くのは苦手だが数理的思考力がずば抜けて高いとか、その逆の子どもが合格できるような余地を残してもいいはずです。たとえば適性検査ⅠかⅢで非常な高得点を取った子は、ほかの適性検査の点数が多少低くても合格できるようにする。そうすれば、特定分野で傑出した能力を持つ子どもが入学できるようになり、生徒の多様化が進むのではないでしょうか。

似たような遺伝子を持つホモジーニアス homogeneous 同種、同質であるさま。均質なこと。な生物集団より、多様性に富んだヘテロヘテロジーニアス heterogeneous ホモジーニアスの対義語。異質で、異種であるさま。な集団のほうが環境変化に強いことは、よく知られた事実です。国際化の進展、人工知能(AI)の実用化など、激しい環境変化にさらされることが避けられない現代の子どもたちの将来を思い、そんな妄想を膨らませてしまいました。娘を第1志望校に合格させてやれなかった高学歴親の負け惜しみと言われれば、反論はいたしませんが……。(完)

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