東大卒シングルファーザーの中学受験備忘録

25話 運命の長い1日

2019.09.16

author
堀 杜夫
Main Image
  • ウェブと学校の掲示板で同時に発表された受検番号。筆者は怖くて直視できず。娘にタブレット型端末を渡して確認してもらうが……
  • 授業料と入学金の支払い、中学受験塾へのあいさつ、4月からの英会話塾の体験レッスン。結果が判明した日も忙しく長い1日を過ごすことになる

2月9日金曜日

しばらくアクセスが殺到してつながらないだろうと諦めていたウェブサイトが、何度目かの接続であっさり表示されたとき、急に胸が締め付けられたような緊張に襲われました。

2月9日金曜日の午前9時。娘の第1志望校、都立一貫X校の合格発表は、学校の掲示板とウェブサイトで同時に行われました。難関を突破した男女それぞれ60人の受検番号が液晶画面に並んでいますが、私は怖くて直視することができません。自室にいた娘を呼んでiPadを渡すと、娘はしばし見入ってから、「あ、……ないね」と、意外にあっさり告げました。どれどれとiPadを取り返し、今度は食い入るように画面を見つめると、娘の前後の受検番号が10人ほど一気に飛んでいました。受検者倍率6.5倍の厳しさを思い知らされた瞬間でした。

X校を受検した同級生の男女2人のお母さんに「都立X校は残念な結果でした」とLINEして、さっそく外出の準備です。その日のうちに、第2志望の私立A校に入学手続きをする必要がありました。本当は翌日の土曜日まで待ってくれるのですが、3連休初日とあって、しばらく我慢していたスキーと温泉に出かける予定を立てていたのです。私は手続きのため会社を休み、4連休になってしまいましたが、仕方ありません。

出かける前に自宅マンションの集合郵便受けを見ましたが、乱雑にポスティングされたチラシ以外は何もありません。かすかな期待を抱いていた「繰り上げ合格候補者」の通知は、届いていませんでした。まずは駅近くの銀行に行き、授業料の口座振替に必要な書類に口座確認の印鑑をもらいます。次に別の銀行の窓口で、入学金など40万円余を振り込みました。「ご入学おめでとうございます」と女性行員からうやうやしくあいさつされたときは、少々複雑な気分でしたが、もう後戻りはできません。誓約書の保証人欄には、実母の署名と印鑑をあらかじめもらってありました。

地下鉄に揺られること約1時間。A校の事務室に着くと、やはり第1志望の公立一貫校が不合格だったのか、この日を待って入学手続きに訪れた親子の姿が何組かありました。LINEを見ると、同級生の女子も残念な結果に終わったとの知らせが来ていました。一方、2月1日から発熱して体調不良で都立X校の適性検査に臨んだ男子のお母さんからは「無事に合格いただきました」と感激のメッセージが届いていました。2人ともX校の掲示板を見に行ったようです。やはりウェブサイトより実物を見たかったのでしょう。

徒労感と解放感と

リライト)25話後半①.jpg

A校の校門前で娘の記念写真を撮り、LINEで「手続き完了! 明日から滑りに行ってきま~す」とおどけた返信をして、有楽町に向かいました。娘も私も期限の切れたパスポートを再申請するためです。中学受験の結果がどうあれ、夏には娘とヨーロッパを旅行しようと思い、たまったマイレージを前年の秋に航空券に交換してあったのです。4年前、一人でプラハを旅したとき、今度は妻と娘を連れて再訪しようと誓ったものの、帰国後まもなく妻は病に倒れ、帰らぬ人となってしまいました。そこで、受験が終わったら娘だけでも連れていこうと計画を練っていたのです。

そんな寄り道をしたため、下町にある都立X校に着いたとき、時計の針は正午を大きく回っていました。合格発表の掲示板を見に行くと、もう受検生の姿は一人もなく、静まり返っています。当然のことながら、ウェブサイトで見たのと同じ数字の羅列が、ガラス窓の内側のホワイトボードに貼り出されていました。無駄足は承知の上でしたが、私もまた自分の目で現実の掲示板を見ておきたかったのです。徒労感と解放感がごちゃ混ぜになったような、不思議な感覚に襲われました。

遅い昼食をとって自宅近くの駅まで戻り、2年間通った塾に顔を出します。すでに結果は電話で伝えてありました。国語の読解や作文を丁寧に見てくださった中堅の男性の先生が立ち上がり、まるで葬儀でお悔やみの言葉を述べるように「私たちの指導が至りませんで……」と深々と頭を下げました。私はあっさりと「いえ、本人の実力ですから」と応じ、これまでの指導に礼を述べました。聞けば、その塾から公立一貫校を受けた小学6年生は、前年に続き全滅だったそうです。6~8倍という受検者倍率から考えれば、1人ぐらい受かってもよかったはずですが、いつも塾が終わる夜10時まで自習室にこもり、別の公立一貫校を受検した同級生の女子も、残念な結果に終わりました。ご両親の方針でその同級生は地元の公立中に進み、3年後にまた高校受験に挑むといいます。LINEで連絡をくれた同級生の女子も同様でした。それに比べれば私立の一貫校に通う娘は恵まれているなと、自らを慰めたものです。

 リライト)25話後半②.jpg

夜は、4月から通う英会話塾の体験レッスンを受けに行きました。A校では、中学3年でシンガポールへ、高校2年でアメリカへ、修学旅行に出かけます。とりわけ高校2年時には現地の大学を訪れ、英語でプレゼンテーションをするのが、全員の課題と聞いていました。この2年間、中学受験に集中するためあえて英語の勉強を避けてきたので、どの中学に入るにせよ、英会話には早く慣れてほしいと思い、受験の結果がわかる前から体験レッスンを予約してありました。私も同席して、イギリス人とアメリカ人の先生とそれぞれ短い会話を交わしましたが、娘は何を話しているのか全くわからなかったようです。英会話塾を後にして、なじみのネパール料理屋でスパイスの利いたカレーを食べながら、私は長かった1日を振り返り、苦いビールをあおりました。(つづく)

Latest Articles新着記事