東大卒シングルファーザーの中学受験備忘録

21話 本番3日前

2019.08.19

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堀 杜夫
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  • 受験直前期はインフルエンザの大流行に注意。トラブル発生時には、家族や職場に急なサポートをお願いする場面が増える。人の温かさが身にしみる瞬間
  • 体調が悪い場合は、思い切って受験計画を変更し、体力の回復を優先しよう

まさかのインフル

「具合悪くて早退してきた。家のほうに電話かけてください」

まだ学校にいるはずの時間の、いつになく他人行儀な娘からのLINEのメッセージに、嫌な予感がしました。1月29日(月)の正午過ぎ。メッセージの後には、JR東日本のペンギンキャラクターが号泣するスタンプが続いています。あわてて電話をかけると、おばあちゃんが出ました。亡妻の実母、私にとっての義母は、つとめて冷静を装うように静かに告げました。

「あのね、杜夫さん……インフルエンザA型A型インフルエンザ インフルエンザウイルスの分類の一つ。感染から発症までの潜伏期間は1~4日。鼻水や咳、発熱などの症状が出る。B型よりも高熱が出やすいとされている。ですって」

 21話前半①

最も恐れていたことが現実と化していました。約1週間前、千葉県の私立F校の適性検査型入試で特別特待合格をいただき、いよいよ都内の入試・適性検査が目白押しの1週間が始まろうという矢先のできごとでした。その日の朝、娘はいつものように班長として、十数人の下級生を率いて集団登校していったのです。朝食時は特段変わった様子もなく、私も普段どおりに出社して、月曜午前のルーチンワークを片付けたところでした。

娘の話では、2時間目あたりから気分が悪くなったといいます。担任の若手男性教諭は、なぜか私の携帯ではなく、おばあちゃんの家に電話をかけたようです。おばあちゃんが学校に迎えに行き、かかりつけの小児科医に連れていくと、あっさり「インフルエンザA型陽性」との結果が出ました。タミフルと頓服を処方され、帰宅して寝ているといいます。熱は38度前後と、さほど高くはないようでした。

週後半の2月1日(木)と2日(金)は都内私立中学受験の引率のため、もともと私は会社を休むつもりでした。そのため、水曜までに1週間分の仕事を終えねばならなかったのです。いますぐにでも家に帰りたいところですが、そうはいきません。相棒のワーママにまかせられる仕事はお願いし、どうしても自分でやらねばならない面倒な作業に専念しました。職場には、やはり末娘の中学受験を控えた旧知の大先輩がいます。私はこの忌々(いまいま)しいできごとを胸に秘めておくことができず、その大先輩の席まで行って、「娘がインフルA型を発症しちゃいまして……」と、おどけたように明るい声で話しかけました。やはり息子の中学受験を経験した同僚の女性は「きゃっ」と悲鳴を上げましたが、大先輩は「大丈夫、大丈夫。本番の1日にはちょうど熱も下がっているからさ」と励ましてくれました。

戦線縮小 「ヤマ」を張る

 21話後半①

夕方、病人が口にできそうな消化のいい食べ物を買い、診療終了間際の小児科クリニックに駆け込みました。私にはインフルの症状はありませんでしたが、予防のためにタミフルインフルエンザの予防投与には飲み薬のタミフル、吸入薬のリレンザ、イナビルが認められている。ただ、副作用で体調を崩すこともあり、日本感染症学会は病院や高齢者施設の患者や職員、入居者以外への投与を推奨していない。を処方してくれました。帰宅すると、おばあちゃんも予防のタミフルを飲んだといいます。おばあちゃんの帰宅後に目を覚ました娘は、意外に元気そうです。ベッドから出てきて、ストーブだけの寒いリビングで食べ物を少し口にしました。ところが、それがいけなかったのかもしれません。夜が更けると熱は39度を超えました。

氷枕を替えながら、私は戦線縮小を決意しました。第3志望だった山の手の私立B校の受験を見送ることにしたのです。仮に受かったとしても、通学には遠すぎる立地でした。熱が下がり次第、第2志望の私立A校を受け、3日の大本命の都立一貫X校に備えよう――そう決めたのです。考えてみれば、通うのが困難な学校を受験すること自体、馬鹿げていました。私が「B校の受験はやめよう」と言うと、娘はほっとしたような表情を見せました。1日午前のA校と午後のB校の受験の間に昼寝をするため、ビジネスホテルのデイユースを予約していましたが、それも即刻キャンセルしました。

翌30日(火)朝、娘の熱は37度台に下がりましたが、まだ油断はできません。今度はエアコンとストーブが全開の暖かいリビングで、娘は少しだけパンや果物を口にしました。私はおばあちゃんの到着を待って、残った仕事を片付けるために出社です。妻の死後、たびたび義母や実母に娘の面倒を見てもらいましたが、このときほどありがたいと思ったことはありません。仕事を昼過ぎに切り上げて看護休暇を取り、家に帰ってみると、娘の熱は37度ほどに下がっていました。これなら入試本番初日の1日から受験できるかもしれません。

次の日の31日(水)、私は終日看護休暇を取って、家で静かに娘と過ごしました。娘がすっかり平熱になり、元気を取り戻したところで、私は翌日の私立A校の受験に向け、ひとつの賭けをしました。ウィキペディアで「ローマ数字」を検索し、最初の3ページほどを印刷して読ませ、表記の基本を覚えさせたのです。1月中旬の入試説明会で「数字の歴史に関する問題が出る」と聞いていたので、ヤマを張ったというわけです。そして2月1日を迎えました。(つづく)94。前半2文字の「XC」は100-10で90、後半2文字の「IV」は5-1なので4となる。

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