ハイスクールラプソディー

春風亭一之輔さん 埼玉県立春日部高校 居場所を求め「落語研究部」を復活

2019.06.28

author
神﨑 典子
Main Image

今、最も勢いがある落語家の一人として注目を集める春風亭一之輔さん。古典落語に現代の笑いを巧みに取り入れながら、聴き手をいつの間にか噺の世界へと誘ってくれます。そんな人気落語家の原点は、埼玉県立春日部高等学校時代にありました。

話を伺った人

春風亭一之輔さん

落語家

(しゅんぷうてい・いちのすけ)1978年、千葉県生まれ。埼玉県立春日部高等学校卒業後、日本大学芸術学部へ進学。2001年、大学卒業後に春風亭一朝に弟子入り。前座名「朝左久」。04年、二ツ目昇進、「一之輔」と改名。12年、真打ち昇進。10年、NHK新人演芸大賞受賞、文化庁芸術祭新人賞受賞。12年、13年と国立演芸場花形演芸大賞を連続受賞。著書に「春風亭一之輔のおもしろ落語入門 おかわり!」(小学館)、「いちのすけのまくら」(朝日新聞出版)など。

ラグビーやめたら落語に出合った

――高校1年生のときは、ラグビー部に在籍していたそうですね。

はい、ラグビー部員でした。中学のときにバスケットボールをやっていたので、高校でもスポーツをやりたいなと思い、おそらくみんなが初心者であるラグビーを選びました。再放送で見ていたテレビドラマの「スクールウォーズ」のファンだったということもあります。

 結構、強い高校だったんですよ。県でベスト8に入るくらいで、鬼のように怖い先生がいて、練習は厳しかったですね。新入部員が20人いたのですが、1年後には8人にまで減っていました。そして私も2年生になる前の春休みに退部しました。

 ラグビーって、誰が足を引っ張っているのかっていうのが、あからさまにわかってしまうスポーツなんですよ。私は体がそれほど大きくないし、上手にはなれなかったし、いつもみんなの足を引っ張っていた。練習はきついし、もうやーめたって。同期が自宅まで訪ねてきて、「川上(一之輔さんの本名)、辞めるなよ」「一緒にがんばろう」って引き止めてくれましたが、戻る気はさらさらありませんでした。心も体も、本当にラクになりましたね。

ハイラプ春風亭一之輔さん2
写真/小黒冴夏(朝日新聞出版写真部)

――その後、帰宅部になってフラフラしているときに出合ったのが落語?

部活をやめて暇な時間ができたので、学校のある春日部から電車に乗って、ふらっと一人で浅草に遊びに行ったんです。そのとき、寄席をやっている浅草演芸ホールの前を通りがかりました。入場料が安かったので入ってみたら、これがなんとも締まりのない、ダラダラとした空気が流れていて(笑)。おもしろい噺家もいれば、おもしろくない芸人もいて、お客は弁当食べたり、おしゃべりしたりしてうるさいし。それでも、トリの師匠の高座に向けて、だんだんと演者と会場がひとつになっていく。その状況が「おもしろいな」って感じて、落語というより寄席に興味を持ちました。

――今の一之輔さんの原点、とも言える体験ですね。

うーん、どうなんでしょう。そうなりますかね。まあ、それから落語に興味を持ったことは確かです。

 その当時学校に、「スラム」と呼ばれていたところがありまして、数学研究会とボランティア活動部に挟まれて使われていない部屋があったのです。聞けば、昔「落語研究部」があったらしく、落語の本とかテープとかがゴロゴロ転がっていました。落語をやりたいという気持ちより自分の居場所がほしいなと思って、担任の先生に相談して「落語研究部」を復活させました。

 部員は私と生物部部長だった高木くんの2人。ちょうど高木くんも生物部の中で折り合いが悪かった時期だったみたいで、「落語研究部をやらないか?」と誘ったら、「僕は落語をやらないけれど、いいよ」って、生物部の部長をやめて、落語研究部に入ってくれました。

落語研究部員は2人 相棒は「落語はやらない」高木くん

――そこで落語の研鑽を積むことに?

積みません。高木くんとふたりでマンガを読んでいました(笑)。部員は2人ですが、関係のない帰宅部の連中が集まってダラダラとマンガを読んだりお菓子を食べたりしているような、まあサロンといえば聞こえがいいですが、いわゆる溜まり場になっていましたね。

 たまに、私が覚えた落語を高木くんが聞く、ということもやっていました。ブルペンしかない野球部みたいな感じですね(笑)。

 高木くんとは、笑いのツボが一緒で、しゃべりやすい。私は基本的に無口で人見知りなんですけれど、高木くんにはしゃべりやすかったですね。毎朝、授業が始まる前の5分間、「コーナー」と呼んでいた教室の片隅に集まって、昨日あった出来事を話しては笑い合っていました。今振り返れば、バカバカしくてたわいもないことですが、もしかしたら、そのときのなにかしらの要素が、今の仕事につながっているのかもしれませんね。

――落語研究部を始めたことに対して、ご両親からなにか言われましたか?

いや、なにも言われませんでしたね。ラグビー部をやめたときも、特に小言を言われることもなかったです。むしろ母親は、「洗濯物が減って助かった」と思っていたんじゃないですか。「勉強しなさい」と言われたこともなかったなぁ。

 成績ですか? それはもう、悲惨なものです(笑)。高校に入ってから勉強をしなくなって、成績は落下する一方。中学と違って高校で勉強をしないと、明らかに成績に表れますからね。1年生のときは450人中240位だったのですが、高校3年のときは435位まで落ちました。数学で0点、化学で4点を取ったこともあります。自慢じゃないですが(笑)。

でも、とりあえず受験はしました。数学0点ですから当然文系です。明治大学の文学部、日本大学芸術学部の放送学科、東洋大学の哲学科を受けました。日大芸術学部の放送学科を選んだのは、中学生の頃からラジオが好きだったからです。ぼんやりと、好きなラジオの構成作家とかになれたらいいなと思っていました。東洋大学の哲学科は、なんとなく哲学ってカッコ良さそうって思ったから。

ハイラプ春風亭一之輔さん3
写真/小黒冴夏(朝日新聞出版写真部)

 結果は、全滅。そりゃ勉強していないのだから当然の結果です。そのとき両親に、「落語家になろうかな」と言うと、さすがに「ちょっと待て」と諭されました。そこで一念発起。予備校の「日大コース」に通って勉強をしました。ちゃんとやれば結果が出たので、楽しかったですよ。毎日、家と予備校の往復で、唯一立ち寄る先は、途中にあるラーメン屋だけ。日大コースでトップを取って、第1志望の日大芸術学部に合格しました。

 高校生のときは立川談志師匠が好きだったので、あのとき、両親に「大学へ行ってから考えても遅くない」と言われなかったら、立川流に入門していたかもしれません。そしたら、どうなっていたでしょう? 立川流の厳しい修業に、おそらく私は耐えられないでしょうね(笑)。今ごろは別の仕事をしていたかもしれません。

自分に正直になると道が開ける

ーー高校時代から得たものは何ですか?

高校時代って揺れ動いていますから、「やってみたいな」と思ったことでも、途中で「あれ?」って違和感を持つこともあると思います。そしたら、無理して続ける必要はないんじゃないでしょうか。私は、勇気を持ってラグビー部をやめたおかげで、落語という新しい世界に出合い、落語研究部という居場所をつくることができました。自分の気持ちに正直になると、道が開けてくるのかもしれませんね。

ハイラプ春風亭一之輔さんメイン
「初天神」春風亭一之輔=2017年1月26日、朝日新聞映像報道部・飯塚悟撮影

埼玉県立春日部高等学校
1899年創立。「質実剛健」を校訓に、「文武両道」を教育方針に掲げる男子校。県内屈指の伝統校は2019年に創立120周年を迎える。OBは会社経営者、アナウンサーや芸人、スポーツ選手など多岐にわたる。
【所在地】埼玉県春日部市粕壁5539
【URL】http://www.kasukabe-h.spec.ed.jp/

春風亭一之輔のおもしろ落語入門 おかわり!
春風亭一之輔のおもしろ落語入門 おかわり!
小学館
価格:1,620円
いちのすけのまくら
朝日新聞出版
価格:1,620円

Latest Articles新着記事